福島県・会津若松の馬肉文化

会津の馬刺しを全国に発信する!

桜

▼会津ブランドを全国に発信する!

 会津の馬肉を全国にアピールしていこうと立ち上げられたのが「AIZU SAKURAプロジェクト実行委員会」。

 会津は日本酒造りが有名で、馬肉の聖地でもありますが、その割に会津の馬肉があまり広くは知られていないということで立ち上がったプロジェクトです。
 馬肉の新しい魅力を発掘する、地域をあげて馬肉文化を楽しむ、全国に馬肉の魅力を発信していくことをコンセプトにしています。

 料理教室や馬肉レシピの公募、観光客用パンフレットの作製のほか、様々な意欲的な活動に取り組んでいます。

さいごう

▼会津で馬肉を食べる習慣はいつからあったの?

 鍋料理などの加熱調理で馬肉を食べる習慣が会津に根付いたのは、いつ頃なのでしょうか。

 一説には、会津戊辰戦争時に負傷した兵士たちに牛馬をと畜して食べさせたのが会津地方における肉食の始まりだともいわれています。 
 
 またある説では新潟との県境に坂下地方があり、地形が盆地ゆえ、幕末の頃は物販の運送に馬が活躍し、そうした背景から馬肉を食するようになったとも言われています。

白虎隊 

▼会津といえば白虎隊

 会津といえば?と聞くと、鶴ヶ城と同じくらい有名なのが「白虎隊」。

 白虎隊は幕末期、会津藩の軍制で数え16~17歳の会津藩子弟で会津戦争に際して編成された組織です。本来は予備兵力のはずで城下防衛の任に当たるべく組織された白虎隊も、新政府軍の圧倒的な力に、前線へと進軍することとなりました。

 白虎士中二番隊20人は、戸の口堰の洞門をくぐり飯盛山にたどり着くと、黒煙に包まれた城下を見て、城が陥落したものと思い「主君に殉じよう」と全員が自らの命を絶ったのでした。 
 
 その後ひとり生き残った飯沼貞吉によって白虎隊の物語が後世に伝えられましたが、最終的に会津藩は降伏することとなりました。

 春と秋の年二回行なわれる慰霊祭では、白虎隊を偲びその霊を慰める剣舞が奉納されます。
  

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